Free Birth! 自宅自力出産。

『自宅で自力で出産!』

なんて聞くと、いったい何が起きたのか?

普段、馴染みのない言葉で、

ビックリする人もいるのではないでしょうか?


長年世界中を旅している僕らでも、これを体験している友人は一人しか知りません。


出産が間に合わず、タクシーや電車の中、果ては飛行機や船で、なんて話しはニュースで聞いたことがあります。

そもそも自らこの決断に至る人は、限りなく0に近いんじゃないでしょうか?

今回、自宅自力出産(フリーバースというらしいです。)に至った経緯や、出産準備と流れ、そして、アフターケアまで書いてみようと思います。

妊娠5ヶ月目の安定期に入り、ウィーンへ旅行。

1、アフリカ大陸のモロッコ王国で産む決意!

僕ら家族はアフリカのモロッコにあるエッサウィラという街に住んでいます。

エッサウィラ旧市街。

ここでラーメン屋を経営しているわけですが、助産院がなく、病院しかありません。

助産師さんもアラビア語しか話せないモロッコ人しか居なく、選択肢が結構限られていました。(助産師さんとは信頼関係が必要。)

公立の病院は不衛生、私立の病院はすぐ帝王切開という評判で、本当に緊急事態が起きない限り、利用することはないだろうと踏んでいました。

ある意味、選択肢は一つ、『自宅自力出産!』。

もちろんあらゆる事態に備えて、最後まで情報を取りに行っていましたが、最初から、FreeBirthのためにエッサウィラに来たとしか思えない環境。

妻のエッツンが、僕に「赤ちゃんと私の命、あなたに捧げます。」といった瞬間から、完璧に腹を決めました。

今思うと、なかなかのプレッシャー笑。

でもよく考えると、アフリカに移住を決めた時点で、いつ死んでも悔いが残らないよう、日々を生きているので、僕自身には何の不安もなかったようです。

エッサウィラのビーチと瑠璃。

2、準備段階

お産は予定日がありますが、実際はいつ来るかわからないのが実情です。

そのために自宅を店舗にしている僕たちは、臨月と同時に休業に入り、自力出産に向けて、動き出しました。

まず母体が健康であることが絶対条件なので、毎朝ビーチを3キロほど歩きました。

ビーチの写真がないので、代わりに森の中です。

食事は野菜中心の和食風タジン鍋(モロッコといえば)と、お米やスープ。

あと毎日欠かさずにエッツンがやっていたのはマタニティヨガ。

さらに僕らは臨月に入るまで、お店の方は営業していたので、忙しかったけど、あっという間に9ヶ月が過ぎていました。

妊婦の働きすぎは禁物だけど、やっぱり仕事は生きる上で、日々の活力になりますね。

臨月と同時に、完全休養、出産モードに切り替えて、とにかくリラックしまくりました。

エッサウィラは田舎なんですが、観光地なので、ゆっくりするには最高の場所なんです。

とにかく観光客気分を味わって、普段行けない友人の経営しているレストランやカフェ、ビーチ散歩、娘も連れて、海水浴など、充実した毎日を過ごしました。

他にも全身マッサージ。さらに会陰マッサージは大切です。

女性の大切な部分が切れると縫うことになり、外科手術が必要になります。

そうならないためにも、僕らは予定日の1ヶ月ほど前から、アルガンオイル(エッサウィラの特産品)を塗って、よくマッサージしていました。

今回、赤ちゃんが小柄だったこともあり、切れることなく無事でした。

3、必要なもの

自力出産に向けて、今回僕らが揃えたものを紹介します。

*ハサミ(へその緒をカットします)

*たこいと(へその緒を縛るためや、身長なんかも測れます。)

*大きめのビニールシート(床などが血などで汚れます)

*エタノールなどの消毒液(へその緒をカットした後に消毒します。)

*清潔なタオル(赤ちゃんを拭いてあげたり、とにかく何枚か用意しておくといいです。)

*床上おまる

*胎盤を受け止める容器。

*出産後に使う大きめの女性用ナプキン

4、出産の流れ

いよいよ出産です!

陣痛が始まったら、人によってケースは違いますが、僕らは10時間から3日間ぐらいの幅をもたせていました。

自宅自力出産のいいところは、時間を全く気にしなくて良いところ。

自宅で、家族のみなので、気を使わない。寝ちゃってもいい。お風呂につかってもいいし、好きなものを作って食べれる、リラックスできる音楽を聴く、など。

出産前日。

僕もエッツンも途中、昼寝してました。

母体に負担をかけないように、リラックスできるように一番気をつかっていたので、陣痛が来てもとにかく焦らず、ゆっくりと。

前駆陣痛が来てから、17時間を経て、本陣痛が始まりました。

そこから陣痛間隔のインターバルチェックをしていって、本陣痛からは約3時間ぐらいで、生まれました。

まず頭頂部が見えてきて、エッツンがいきまないように、声をかけながら、様子を見ていると、次に顔が全部綺麗に出てきました。

それを見た瑠璃さんは、すごいスピードで逃げて行きました笑。

まだ余裕の3歳児。

3歳児も、そりゃ〜ビックリしますよね。

初めて見た時は僕も腰抜かしそうになりました笑。

メキシコの助産院での『瑠璃の出産に立ち会う』経験がなければ、僕らも自力出産は考えなかったでしょう。

出てくる瞬間は、赤ちゃんの鼻や口に溜まった羊水を出してあげて、出産時間をチェック。

泣いたのを確認しながら、頭から拭いてあげて、温めたタオルに包んであげて、エッツンの胸にうつ伏せで抱かせてあげました。

まだ終わりません。むしろここから気を引き締めていかなければいけません。

胎盤の排出。

時間差で出てくる胎盤をキャッチするために、おまると清潔なコンテナを用意して、胎盤がでてくるのを待ちます。(おまるの受け皿は使わずに、綺麗に洗って、ラップしたコンテナーを使いました。)

30分後に胎盤がでてきたので、エッツンと赤ちゃんをベッドに寝かせて、胎盤がそれよりも高くならないように、セッティングしてあげて、片付け開始。(胎盤の位置を赤ちゃんより低くするのは、胎盤の血が赤ちゃんに流れ込むのを防ぐため。)

胎盤にはラップして、赤ちゃんのそばにおきました。(へその緒でつながっているため)後日、エッツンに食べてもらって、産後の早期回復を図ります。


とりあえず胎盤が綺麗に出て、出血も大したことなく、会陰もきれなかったので、ようやく一安心。(胎盤がでてきた時も、瑠璃は一目散に逃げていきました笑。)

生後3時間のリナ。

へその緒をカットするのは明日にして、とりあえず胎盤の一部をエッツンに食べてもらって、今日は寝ました。

夜の間、暖房をつけて母子ともに暖かく過ごせるようにしました。

翌日。

へその緒をカットするために、タコ糸とステンレス製のハサミを煮沸して殺菌。

タコ糸でへその緒を二ヶ所結び、その間を瑠璃にカットしてもらいました。

とりあえず母子ともに元気そうなのを確認して、瑠璃を幼稚園に送り届け、ここから後片付けに入ります。

敷いてあったビニールをまとめて捨て、毛布を全部洗濯。

タオルや服なども血のついている部分を重点的にゴシゴシやって、まとめて洗濯。

ラップして冷蔵してあった胎盤を取り出して、4分割して、ラップして冷凍保存。

瑠璃の時の胎盤は、焼肉、刺身、スープ、塩漬けなど7品ほど作って、みんなで批評しながら食べました。

写真がないので、代わりにハンガリーにある世界一美しいと言われるマクドナルドです。

新鮮なうちに食す刺身が、一番美味しかったです。

この後、身長、胸囲、頭位をタコ糸とメジャーを使って測定。

体重を料理用デジタル測りで測定。

体重2580g、身長46cmでした。

生後二日目のリナ。

5、アフターケア

産後のアフターケアとして、エッツンの骨盤矯正用に、布を腰骨のあたりに巻いてあげて、下から持ち上げるように左右にゆっくり上下させて、その後軽く締め上げます。

赤ちゃんは生まれて5日後にお風呂に入れてあげました。

気持ちよくて大あくび。

おっぱいも始めのうちは痛かったらしく、搾乳器も併用しながら、僕も哺乳瓶であげました。

骨盤がゆるくなっているので、産後1週間は母体は休めなければ、回復も遅くなるし、年齢を重ねた後、いろいろな症状が出てくるので、とにかくエッツンには心も体も休んでもらって、僕の母親(日本から手伝いに来てもらいました。)と瑠璃(もう3歳なので結構お手伝いできます。)と三人でケアしました。

ソフロロジーという出産法を参考にした、今回の僕たちの自力出産は、母体への負担も少ないので、産後の回復が早いです。それに加えて妻のエッツンには、授乳と赤ちゃんのお世話、休養と体調を元に戻すことだけに専念してもらっているため、産後1週間で心身ともに快調です。

瑠璃が生まれた3年前のメキシコの自宅。

産後4日目あたりに、便秘に悩まされ、落ち込んでいましたが、食物繊維に富んだ食べ物を食べて、ツボ押しや軽い運動で、自然と回復しました。

その翌日になった激しい頭痛も、僕と僕の母親で、夜間授乳をする代わり、エッツンには一晩ゆっくり寝てもらいました。

そのおかげか、瑠璃の時にはあった産後うつ(僕は最近知りました)が今回は無いらしいです。

こんな感じで、赤ちゃんが生まれた後は、家族それぞれの協力の中、みんなで赤ちゃんを育てることを楽しんでいます!これは、家族みんなで赤ちゃんを迎えた、あの一晩があったからこそ、一体感が生まれ、一つ増えた新しい命との時間をゆっくりと育めている気がします。
3歳の瑠璃も、幼稚園から帰ってくるなり、お世話がしたくて赤ちゃんの周りから離れません 笑。

リナの側から離れない瑠璃。

6、終わりに

今回、瑠璃がメキシコの助産院で生まれた時に、一部始終観察できたこともあって、お産は自然なものであり、赤ちゃんと母親自身が生むものであるという、ごく当たり前のことを知って、僕の中では病院を利用するという選択は、ほぼなくなっていきました(緊急時を除いて)。

産むのは母親であるエッツンだし、彼女が一番希望する場所、やり方を優先していこうとなりました。

ブダペストのカフェで、くつろぐ親子。

とにかくコミュニケーション!

お産は『母親と赤ちゃんがするもの』とは言っても、家族の理解なしには、大きな負担になります。

パートナーと理解を深め、協力を得ることが一番大事です。

僕らは何度も話し合って、どういったお産が環境的にも、自分たち自身にも一番いいのか、イメージしていきました。

緊急の事態も考慮に入れながら、

最高のお産体験を家族でするために、あらゆる可能性を考えて、行動しました。

そして、世界中の人たちからサポートを受けて、ここアフリカの地で、『FREE BIRTH』を楽しむことができました。

結局、ここでもかなり遊んでいました。

準備することや、知識、情報収集など、みなさん大変だと思われるのですが、この子が生まれてくる一生で一度の体験。

僕はたまたま、いま海の目の前に住んでいて、齢74歳の母親(こども4人病院で産み、お産自体を見るのが初めて)と、3歳の娘がいて、「この環境で、家族全員で最高の体験をしない手はないっしょ!」とゆうエンタメ間隔のノリでした笑。

この四人家族全員で、最高のお産体験!

みんなが無事で、元気に赤ちゃんも生まれてきたら、言うことなし!

そのためには、『自宅自力出産』というのが、一番僕らには合っていたようです。

本当にモロッコに来てよかった。

アフリカの大地で、いま幸せのシャワーを家族全員で受けています。

最後に、

この記事が、世界で悩んでいる、もし誰かの役に少しでも立てたら、これ幸いでございます。

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